2015年07月30日

NHK コズミックフロント・スターズ 「アポロ13号危機からの生還」 1

本日は、あのアポロ13号、危機からの奇跡の生還の番組を記載していきたいと思います。「輝かしい失敗」と語り継がれる奇跡の生還劇です。

・1970年4月。アメリカ ケネディ宇宙センター。3人の宇宙飛行士を乗せ、アポロ13号が月に打ち上げられた。

それまで、2度の月面着陸を果たしているNASAは、このミッションの失敗を疑う者は誰一人としていなかった。しかし2日後、機内で爆発が起き、アポロ計画史上最大の危機が訪れる。

事故が起きた時、アポロ13号は地球から32万キロ離れ、まもなく月の引力圏に入る所であった。

地球との衛生中継が終了後に異変は起きる。月着陸船操縦士、フレッド・ヘイズさんは、まるで外から大きなハンマーで叩かれたような大きな音を耳にした。

アポロ13号船長のジム・ラベルさんはこの瞬間にとんでもない事が起きたと瞬時に理解した。操縦を自動から手動に切り替え直ぐに対処した。 

アポロ13号には2つの酸素タンクが搭載してあるが、その1つが爆発したのだ。もう1つからは酸素が漏れ出す最悪の事態となった。 

当時のシステムは酸素と水素を利用した燃料電池を利用するので、酸素タンクの爆発というのは、全てのエネルギーを失う可能性のある致命的な事態となった。

このままの状態が続くと2時間以内に電力が全て無くなって、宇宙飛行士の生命の危機に直面する。司令室では、反転して地球に帰還させようという意見が高まってきた。

この意見に強く反対したのが、航空力学担当官の、ジェリー・ボスティックさんだ。ジェリーさんは爆発と同時にメインエンジンも故障している可能性を指摘。

もう1つの案が、月の引力を利用し、最小限のエネルギーで地球に帰還する方法である。だがこの場合は地球帰還まで4日もかかるという現実に直面する。電力がどうしても持たない。

フライトディレクターの、ジーン・クランツさんは、問題発生時の原則として、まず考える時間を取れる方法を選ぶ事。次にこの後、事態が悪化しても選択肢が多く残せるようにする事が危機発生時の原則であると語ってくれた。 

ジーンさんは現場の意見を取り入れ月を周回して帰還する方法を選択。そして、月着陸船を使用して地球に帰還する驚くべき判断を下した。 月着陸船には独自の電力があるので、その電力を地球帰還の望みを託す計画を実行した。


アポロ13号の事は、小学生の頃、父親の影響で何回も映画で見て、内容の一部は分かっていたのだが、このように当時実際に関わっていた人の証言を聞くと本当にあのどんでもないピンチからよくぞ生還したと心から思う。

ジーン・クランツさんの危機に直面した時の原則というのが、これからの人生にとっても大切な言葉であると痛感した。選択肢を増やす決断というを事を意識しながら日々進んで行きたいと思う。

過去に囚われず 未来に怯えず 今を一生懸命に生きろ そして 志し高く ブログに訪問いただき感謝致します。

関連リンク→あるたった1つのスキルだけで5億円の「不労所得」を作った男
The Million Writing


posted by イトウ ヒロ at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。