2015年04月11日

会津藩藩主 保科正之公から学ぶ政治の本質とは?

会津若松市 鶴ケ城旅行ですっかり会津藩の事が大好きになり、色々考察していたら、会津藩藩主、保科正之公の政治や当時の統治の仕組みに触れる機会があった。 

様々な歴史学者が歴史を考察しているが、歴史学者の中には歴史上最も誇れる日本人として語る人も少なくない。 

保科正之公を考察するにつれて1つの疑問が頭をよぎった。 

何故こんなにも素晴らしい藩主だったのに、ここまで知られていないのだろうか? 
私が無知なのは仕方ないとしても歴史上の統治者としても幕府を影で支えた1人の大功労者なのに何故あまり名前が轟いていないのだろうか? 

会津藩の歴史は何故悲劇ばかり表立って語られているのだろうか? 

薩長が作り上げた明治以降の時代には大功労者や偉大な藩主の存在があまり宜しくないのであろうか? 

様々な考察の中で保科正之公の家訓を元にした会津っ子宣言として教育機関で道徳思想教育の一貫として取り入れてるとの事だ。大変喜ばしい事である。 

経世済民。 統治や経済発展は全て民に幸せの為に存在すると保科正之公は本質を全て見抜いていたからこその政治手腕であり教育方針だったと私は思う。 

このブログを読んで下さる皆様の為にも是非耳に入れておかなければならいと強く思い
保科正之公という名前だけでもいいので、覚えていていただけたらこのブログにも使命があるのではないかと感謝せずにはいられない。


posted by イトウ ヒロ at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行の思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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